ダイアリー 2019年6月

最新

2019年6月8日 

鶴見サルビアホールにてリサイタル

シューマンの誕生日。
リサイタルでは、後半はシューマンを演奏しました。アラベスク、アベック変奏曲、謝肉祭。前半はベートーヴェンソナタ、悲愴、告別、月光。
先日のヘレヴェッヘさんとのシューマン協奏曲のあれこれが、ソロにも影響を与えているか否か。意外と本人にはわからないところもあります。なぜなら、演奏するときは、全てが必然と思うから。その必然が、過去のどこからどのように影響されたかを検証するのは、もうしばらく時間が経ってからなんとなくわかることでもあると思います。後から振り返ると、なるほどそうだったのか、と意味付けができるようになる。そんなことも考えながらシューマンの誕生日でした。来週15日には、フィリアホールにてオールシューマンプログラムを弾きます。その時に、また何を感じるのか楽しみです。

2019年6月7日 

太田胃散創業140周年記念コンサート

コマーシャルで演奏させていただいている太田胃散のあの曲。もちろんコンサートでも演奏しました。ショパンプレリュードイ長調だから、胃腸薬。ということももちろんあるのだそうです。が、でも、それだけではない。和声分析的に考えても、あの曲は胃腸薬のCMにぴったり。なぜなのか!などのお話も交えつつ。ベートーヴェンソナタや、ショパンノクターン、英雄ポロネーズなど演奏しました。140年の歴史。適塾の緒方洪庵家からの処方箋から始まったのだそうです。明治になってまだ10年ちょっとの頃から。すごい歴史です。
(私が思うところのなぜなのか、、短く説明するので誤解が生じると残念だなあとは思いますが記します)
なかなか、主調のイ長調の基本形におさまらない。主和音が出てきても、主音のラが1番上に。なので、常に、なんとなく、クエスチョンな感じ。なんとなく、スッキリしたいなあという感じがずっと漂い、あの、、いい薬です!のところの、あのハーモニーで、あ!これがいいのか!と発見した感じになる。常に、なんとなく軽く浮かぶような感じ。すなわち、、ちょっとした違和感も、軽く浮き上がらせてくれるような感覚。身近に置いておけるような感覚。日常的な親しみやすさ。まさに、太田胃散の役割を音にしたかのようです。もちろん、ショパンがそのように考えたわけではありませんが。大変にフィットする音楽なのだと思うのです。だからこそ、みんなが知っている。あの曲と太田胃散とぴたりとハマるのだと、私は思う、、ということを、あくまでも私の考えですが、そんなこともお話しました。

2019年6月6日 

聖徳大学にてリサイタル

聖徳大学の生徒さんたちへのコンサートでした。浦久俊彦さんプロデュースの大作家の秘密ベートーヴェン。
悲愴、月光、熱情ソナタとエリーゼのためにと、演奏しました。
プログラムでは、浦久さんのベートーヴェンの人生解説も。
生徒さんたちの心の中に、今日のこの時間が、ベートーヴェンの音楽が、これからの人生のふとしたときに勇気のタネとして思い出してもらうことができたら、と、願いつつ。

2019年6月1日 

新日本フィル マエストロ ヘレヴェツヘとシューマン協奏曲2日目

大変に刺激的で充実した四日間でした。素晴らしいマエストロ。
後半のシューマン交響曲2番、二日とも会場で聴きましたが、至福とはこのことを言うのね!という演奏。オケも素晴らしかった。
ピリオド奏法でのシューマン。モダンのオケで初めて聴きました。
そして、私にとっては、古楽器的アプローチにてシューマンの協奏曲を弾くのも初めて。
(あまりに刺激的、考えること多かったのでここから長くなります)
実はヘレヴェツヘさんのフォルテピアノとのシューマンのCDを事前に入手しました。けれど、私が弾くのはモダンピアノなので、どうしようかな迷った末、フレッシュなアプローチ新しい化学反応を求めたいと聴いておくことをやめました。でも、初日リハの時に、あーフォルテピアノ的な弾き方で準備をしておけばよかった、、と思った次第。ピリオド奏法と現代の奏法では音を出すタッチのタイミングのポイントが違うからです。ただ、モダンを弾くのに、フォルテピアノの音の出し方を真似て弾くのは、うまく対応しないとモダンピアノの良さを削ぐことにつながります。
ここから試行錯誤が始まりました。
タッチのタイミング、フレージングの短さ、息遣いの異なり、により、もちろんテンポ設定から大きく変わります。
自分自身の奏法、音の感覚、モダンピアノでの解釈のどこをすり合わせ、どこは私自身の余地として残すのか。
結果、二日間のコンサートでしたが、私にとって新しい世界観をあたえてくれたものになりました。極めて充実した経験!幸せな舞台でした。マエストロは、私の様々な挑戦や意思を、多分ほかの誰よりも深く理解してくださっていると思います。協奏曲での、指揮者とソリストの間の無言のやりとりの濃密さはその立場の者にしかわからないであろうライブな真剣な一瞬一瞬から成り立っているからです。それが、こういうことが音楽家の喜び、音楽することの喜びなのです。それを一緒にリアルに体験してお聴きくださったお客様にも感謝いたします。
こんな新しい体験をすることが出来たなんて!手応えのある素晴らしいコンサートでした。この機会を設定してくださった新日本フィルに感謝します。そして、マエストロは、そんな私との様々を楽しみ喜んでくださり、また是非一緒に音楽したいですね!と、プライベートコンタクトもいただき、今後、新たな音楽的思考への研究や疑問へのコンタクトも取れること、嬉しい限り。
ヘレヴェツヘ ワールドにはまりそうな新たな私がいます。シューマンへの新しい光があたったような気がします。
そして、ちょうど素晴らしいことに、今年はシューマンのリサイタルをかなり演奏予定。新しい感覚の光をあてて、アプローチしてみたいと思います。舞台写真(c)青柳聡